1.アンチトロンビンについて
アンチトロンビンは、主として肝臓で合成され、血中へ分泌される一本鎖の糖蛋白(分子量:約58,000)である。
生体内での血液凝固系の制御機構において最も重要な機能を果たす血漿プロテインインヒビターである。特にトロンビン、第Ⅹa因子の中心的な制御因子であり、アンチトロンビンはトロンビン等と1:1で結合し、トロンビン等の作用を阻害する。ヘパリンによりその作用は著しく増強される。そのメカニズムは、ヘパリンがアンチトロンビンと結合すると、トロンビン・アンチトロンビン複合体(TAT)の形成が著しく促進されるので、トロンビンの活性は強く阻害される。
なお、国際血栓止血学会で提唱され、従来のアンチトロンビンⅢからアンチトロンビンへ用語が変更された。
2.アンチトロンビン欠損症・異常症
アンチトロンビンの量的な低下あるいは質的な異常は、トロンビン、第Xa因子などに対する阻害作用が低下し、血栓症の発生の一因となる。
1965年、Egebergは血栓症を多発するノルウェーの家系においてアンチトロンビンが先天的に欠乏していることを報告し、アンチトロンビンの臨床的な意義を明らかにした。それ以降、国内外で多数の報告がある1,2,3,4,5)。
多発性あるいは再発性の血栓症を有する患者の数%にアンチトロンビン欠損症が見いだされる。一方、アンチトロンビン欠損症の患者の半数以上に、血栓症の既往が認められるとされる。
年齢とともに発症頻度は増加し、妊娠、感染、外科手術4)、外傷、経口避妊薬の内服などが契機として発症することが多いが、原因不明も少なくない1,5)。検査による侵襲が疑われた報告もある3)。
血栓症の部位では下肢深部静脈5)が多く、肺塞栓症、腸間膜静脈、脳動静脈1,2,5)などの部位でも報告されている。
診断には、トロンビン・アンチトロンビン複合体(TAT)やプロトロンビンフラグメント1+2(F1+2)等の血液凝固系の分子マーカーやプロトロンビン抗原量の測定を血栓症の予知、治療上の指針として検討されることが望まれる。
3.アンチトロンビン欠損症・異常症の治療
従来から、経口抗凝固薬であるワルファリン投与が一般的で再発性の血栓症の予防のため長期投与されることが多い。ヘパリン単独は、アンチトロンビンに依存するため有効でなく、アンチトロンビン濃縮製剤との併用で使用される。従って、急性期には、ヘパリンとアンチトロンビン濃縮製剤の併用療法、慢性期にはワルファリン療法が適していると考えられる。
その他抗血小板薬やホルモン剤の併用なども検討されている2,3,4,5)。
4.アンチトロンビン濃縮製剤
アンチトロンビン濃縮製剤は、先天性アンチトロンビン欠損症やアンチトロンビンが正常の70%以下の低下を伴うようなDIC(播種性血管内凝固症候群)に使用され、必要に応じてヘパリンの併用が考えられる。
【参考文献】 [文献請求番号]
1)堀江 幸男ら: 脳神経外科, 10, 177(1982) WF-0121
2)新名主 宏一ら: 臨床血液, 27, 1085(1986) WF-0315
3)渋谷 彰ら: 臨床血液, 28, 2000(1987) WF-0497
4)山元 泰之ら: 血液と脈管, 20, 350(1989) WF-0661
5)新名主 宏一ら: 神経内科治療, 8, 537(1991) WF-0659
6)辻 肇(一瀬 白帝編):図説 血栓・止血・血管学,6.凝固インヒビター-ATの基礎と臨床(中外医学社、東京), 483(2005) ZZZ-0043