ワルファリン投与中の出血の処置では、以下のような処置方法が挙げられる。また、国内外のガイドラインで出血及びINR高値に対する処置方法が示されている。
INR高値の対応でも以下の3つの段階3)が挙げられるが、出血の程度及びリスクに加え、血栓塞栓症リスクも踏まえ、INR是正のベネフィット・リスクを個々の症例で考慮し、適切な対応を選択することが必要である。
*プロトロンビン複合体製剤
乾燥濃縮人プロトロンビン複合体製剤(PCC: Prothrombin Complex Concentrate)が、ビタミンK拮抗薬(ワルファリン)投与患者で欠乏する凝固因子を補充し、凝固能回復、止血効果を示す製剤として国内で承認され、2017年9月より使用できるようになった。
血液凝固第Ⅱ因子(プロトロンビン)、第Ⅶ因子、第Ⅸ因子、第Ⅹ因子、プロテインC、プロテインSを有効成分として含有している。これら6つの成分は、ビタミンK依存性の凝固因子及び凝固抑制因子であり、いずれもワルファリンによる生合成阻害で低下する。
1)国内のガイドラインの記載
「循環器疾患における抗凝固療法・抗血小板療法に関するガイドライン」(2004年・2009年改訂版)4,5)において推奨している出血性合併症への対応は下記の通りである。
また、「心房細動治療(薬物)ガイドライン」(2013年改訂版)6)など、出血時の対応では概ね同様の内容が示されている。
*:「乾燥人血液凝固第Ⅸ因子複合体製剤」に相当する製剤として「乾燥濃縮人プロトロンビン複合体製剤」が承認され、2017年9月より使用できるようになった。
2)海外のガイドラインの記載
経口抗凝固薬治療中のINR上昇や出血の管理方法に関して、米国胸部疾患学会(ACCP)ガイドライン Antithrombotic and thrombolytic Therapy(2004・2008)7,8)の推奨する内容を以下に示した。
ワルファリン等の経口抗凝固薬治療中のINR上昇や出血の管理方法に関する推奨7,8)
3)臨床研究
(1) INR異常高値(出血症状なし):ワルファリン中止のみ
ACCP(2008)のガイドライン8)では、INR 5未満の是正にはワルファリン中止での対応を示している。
OBS Hylekら(2001) 9)は、ワルファリン療法中の全例出血徴候のないINR 6.0超の患者にて、ワルファリン中断(ビタミン K1投与なし)で、2週間追跡調査を実施した。出血がなかったINR 1.7-3.3の患者と比べ、INR 6.0超の患者の群では8.8%に出血を認め、その内の4.4%は大出血であった。ワルファリン中止後のINR推移をKaplan-Meier曲線で解析すると、INR 4以下となった比率は、24時間以内33%、48時間以内55%、72時間以内73%、96時間以内90%であった。
(2) INR高値(出血症状なし):ビタミンK投与(ワルファリン中止)
ビタミンK投与によりINRが是正されるが、INR高値の程度、ビタミンK投与量、INRの推移など、様々な状況や条件により異なるので、幾つかの臨床研究を示した。
RCT Crowtherら(2009) 10)は、INR 4.5~10.0(出血なし)の患者に対して、ビタミンK群(1.25mg投与) 355例とプラセボ群369例との無作為割付比較試験を実施し、出血性イベントを90日後までの観察期間で評価した。ワルファリンは休薬した。出血性イベントは群間で有意差がなかった。血栓塞栓症および死亡も有意差はなかった。INR平均値の低下はビタミンK群では投与前5.95から翌日3.17、プラセボ群では投与前5.75から翌日4.40であった。
OBS Chirputkarら(2006)11)は、ワルファリン投与中のINR 8超の無症候の患者に対して、ワルファリン休薬、ビタミンK1経口2mg投与によるINR是正効果についてレトロスペクティブな調査を行った。INR 8超の高値であってもビタミンK1 2mg前後の経口投与で十分との見解を報告した。
OBS Crowtherら(2010)12)は、INR 10高値に対するビタミンK経口投与の有用性をコホート研究にて検討した。ワルファリン中止とビタミンK1経口投与(2.5mg)にて、平均INR 12.6は翌日4.7となった。INR 10以上への上昇時、ビタミンK1少量経口投与で安全に対処可能との見解を報告した。
CASE 矢坂ら(2003)13)は、緊急治療を要した抗凝固効果過剰に対し、乾燥人血液凝固第Ⅸ因子複合体製剤(適応外使用)の輸注が奏効した事例を報告している。
(3) 大出血:プロトロンビン複合体などの輸注(ビタミンK投与、ワルファリン中止)
大出血、緊急性を要する出血では、ビタミンK、ワルファリン中止に加え、プロトロンビン複合体、新鮮凍結血漿などによる対応も考えられ、使用製剤、投与量、投与時期などの対応方法、INR是正の効果、出血の改善、血栓塞栓症リスクなど、様々な課題があり、使用経験の集積や使用実態など、観察研究の報告を中心に示した。
OBS 矢坂ら(2001)14)は、脳出血でINR高値の症例に対して、乾燥人血液凝固第Ⅸ因子複合体の輸注(適応外使用)が有効なことを報告している。
OBS 矢坂ら(2001)15)は、大出血を発症した症例に対する乾燥人血液凝固第Ⅸ因子複合体製剤(適応外使用)の輸注とビタミンK投与について迅速な効果発現に複合体製剤の可能性を示唆した。
OBS Yasakaら(2003)16)は、ワルファリン投与中の頭蓋内出血発症5日以内にCTで診断された47例のレトロスペクティブな調査で血腫拡大の要因を検討した。発症24時間以内のINR 2以上や迅速なI NR是正なしが血腫拡大の要因として見られた。従来の方法とプロトロンビン複合体等の比較など、今後の必要性を示唆した。
OBS Yasakaら(2005)17)は、ワルファリン投与中の出血事故または侵襲的手技で急速なINR是正を要した患者において、乾燥人血液凝固第Ⅸ因子製剤(適応外使用)の適切な投与量について検討した。10分以内の迅速なINR是正と12~24時間の是正持続には、ビタミンK投与と第Ⅸ因子製剤の輸注に帰結するかもしれない。
OBS Kuwashiroら(2011)18)は、ワルファリン療法施行中に発現した脳出血後治療継続50症例の観察研究で、プロトロンビン複合体濃縮製剤(適応外使用)を用いた迅速なINR是正が血腫の拡大やその後の病状の不良を抑制する可能性を報告した。
OBS 的場ら(2013)19)は、ワルファリン療法中の頭蓋内出血に対し血液凝固第Ⅸ因子複合体(適応外使用)を治療プロトコールに導入した。導入前7例と導入後12例を比較し、INR是正の時間短縮、新鮮凍結血漿関連の医療費抑制の可能性を示唆した。
OBS Vargaら(2013)20)は、出血や緊急手術で迅速なINR是正を要する患者で、血液凝固第Ⅸ因子製剤(適応外使用) 1000国際単位の固定用量についてレトロスペクティブな観察研究で有効性及び安全性を検討し、有効、安全と考えられた。
OBS Hickeyら (2013)21)は、新鮮凍結血漿もしくはプロトロンビン複合体による緊急のINR是正について、レトロスペクティブな観察研究で検討した。プロトロンビン複合体が新鮮凍結血漿よりINR是正までの時間が短く、イベントが少なかった。
OBSs 迅速なINR是正にもかかわらず頭蓋内出血の予後不良22)、プロトロンビン複合体の固定用量と調節用量の比較23,24)、3因子プロトロンビン複合体(第Ⅶ因子なし)と遺伝子組換え活性型第Ⅶ因子併用の報告25)などの観察研究の報告がある。
OBS Kushimotoら(2017)26)は、急性の大出血や緊急手術で迅速なINR是正を要する日本人の患者に対して、プロトロンビン複合体濃縮製剤(4因子)の有効性、安全性を第Ⅲ相試験として検討した。11例を対象として副作用は2 例であった。内訳は心房血栓症及び脾臓梗塞各 1 例であり、いずれも重篤な副作用と判定された。
Review Yasakaら (2017)27)は、ビタミンK拮抗薬関連の頭蓋内出血治療に対するプロトロンビン複合体濃縮製剤の使用について海外と日本のデータを整理し、考察した。
Meta Brekelmansら (2017)28)は、プロトロンビン複合体濃縮製剤(4因子)のビタミンK拮抗薬関連出血のINR是正の利点と有害な点について、総説的なレビューとメタ解析の結果を報告した。メタ解析では19臨床研究 (観察研究18件、無作為割付比較試験1件) 2,878症例を対象とし、解析の結果、プロトロンビン複合体濃縮製剤(4因子)は、ビタミンK阻害剤関連出血の治療における有効かつ安全な選択肢であることを示した。加えて、血栓塞栓症や死亡率のリスク上昇なしのINR是正では、新鮮凍結血漿や無治療より効果的と思われた。
(4) 出血による中止後のワルファリン再開
出血への対応と共にその後の抗血栓療法の再開は、臨床上の大きな課題のひとつである。再開の可否やその方法、再開の時期、再開後の出血リスク、中止継続に伴う血栓塞栓症リスクなどの様々な課題があり、検討された報告をいくつか示した。
OBS Claassenら(2008)29)は、ワルファリン関連の脳出血発症後で入院した患者を2ヵ月以内にワルファリン再開した再開群と非再開群に分け、観察研究を実施した。再開群49.8ヵ月、非再開群36.1ヵ月のフォローアップで、再開群23例中5例の出血事故(脳出血再発1例、外傷性脳出血2例、頭蓋外出血2例)、非再開群25例中5例の血栓塞栓症(心原性脳塞栓症3例、肺塞栓症1例、遠位動脈塞栓症1例)を発症した。再開は再出血のリスクに関連し、治療の中断は血栓塞栓症のリスクと関連した。
OBS Majeedら(2010)30)は、ワルファリン関連の脳出血発症時のINR 1.5超の234例についてレトロスペクティブにコホート研究を実施した。発症後1週以上生存した177例中59例で中央値5.6週後にワルファリン再開した。Cox比例ハザードモデルにて再開の非再開に対するハザード比は、脳出血再発5.57 (95%信頼区間 1.80-17.25, P=0.0029)、血栓塞栓症0.11 (95%信頼区間 0.0139-0.868, P=0.036)であった。頭蓋内出血再発と血栓塞栓症発症リスク及びそれらの発現した時期を考察し、ワルファリン再開の至適時期は脳出血発症から10~30週後と思われた。
OBS Guerrouijら(2011)31)は、ワルファリン関連性出血の発症にて入院した患者または入院中に出血を発生した患者142例を対象にレトロスペクティブな観察研究を実施した。出血部位は消化管(40.8%)と尿路(14.1%)が多く、平均入院期間は23日であった。大出血の致死率は9.5%であり、ワルファリン再開の患者の8.3%が再出血を発現した。
OBS Qureshiら(2014)32)は、非弁膜症性心房細動でワルファリン投与中に消化管出血を発症した患者にて再投与の有用性をレトロスペクティブなコホート研究にて検討した。Cox比例ハザードモデルのハザード比で評価すると、ワルファリンの再開は血栓塞栓症減少(0.71, 95%信頼区間 0.54-0.93, P=0.01)や死亡率低下(0.67, 95%信頼区間 0.56-0.81, P<0.0001)と関連したが、消化管出血再発(1.18, 95%信頼区間 0.94-1.10, P=0.47)とは関連しなかった。7日後のワルファリン再開が消化管出血のリスクへの影響なしに生存率改善、血栓塞栓症減少と関連することを示した。
OBS Poliら(2014)33)は、頭蓋内出血の初回発症後にビタミンK拮抗薬(VKA)の再投与もしくは新規投与を開始した267例で再発を検討した。VKAの再投与は248例、新規投与は19例で初回頭蓋内出血から投与までは中央値60日であった。再発は突発性が65%で、初回頭蓋内出血が突発性であった9例中8例は再発も突発性であった。再発の55%は初回と同じ部位に発生した。再発に関連する因子を検討したが、有意な関連を示したものはなかった。
OBS Nielsenら(2015)34)は、頭蓋内出血後の心房細動患者に対する抗凝固療法再開による影響を検討するため、デンマークのデータベースを用い、無治療群、経口抗凝固療法群、抗血小板療法群の3群に分けたコホート研究を実施した。脳卒中/全身性塞栓及び死亡で再発性頭蓋内出血を併発した100患者・年あたりの件数は、経口抗凝固療法群8.0、無治療群8.6、抗血小板療法群5.3であった。脳卒中/全身性塞栓及び死亡の経口抗凝固療法群の調整ハザード比は無治療群に対して0.55(95%信頼区間 0.39-0.78)であった。心房細動で抗凝固療法を行い、頭蓋内出血を発症した患者への抗凝固療法の再開は、虚血性脳梗塞や死亡を有意に減少させた。
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