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  • 公開日時 : 2017/10/12 00:00
  • 更新日時 : 2021/03/18 08:02
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【ワーファリン】 II‐7.1.その他の疾患[抗リン脂質抗体症候群(APS)](適正使用情報 改訂版〔本編〕 2020年2月発行)

【ワーファリン】 
 
II‐7.1.その他の疾患[抗リン脂質抗体症候群(APS)](適正使用情報 改訂版〔本編〕 2020年2月発行)
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抗リン脂質抗体症候群(antiphospholipid antibody syndrome:APS)は、ループスアンチコアグラント(lupus anticoagulant: LA)、抗カルジオリピン (anticardiolipin: aCL): 抗体、抗β2-グリコプロテインI(β2-glycoprotein I: β2GPI)抗体などの抗リン脂質抗体による自己抗体の存在を特徴とする自己免疫疾患である1,2,3)。


1)臨床症状

APSは、半数近くで全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus:SLE)に合併することが知られ、単独で発現する場合は、原発性抗リン脂質抗体症候群として分類される。静脈および動脈の血栓症や妊娠合併症などの様々な臨床像を呈する。

・血栓塞栓症

下肢深部静脈血栓症の発現頻度が高いが、脳梗塞、TIAなどの重篤、致死的な動脈血栓症も少なくない。APSによる血栓症状の一次予防には生活習慣の改善が有用であるが、高リスク患者では、低用量アスピリンが考慮される。血栓性イベントの二次予防や治療では、ビタミンK拮抗薬の投与が中心になる。免疫抑制療法および抗補体療法について知られるが、十分な検証は行われていない。

・妊娠合併症

APSは、原因不明の習慣性流産や胎児死亡に加えて、子癇前症、早産または胎盤機能不全の原因となる胎児成長制限などの後期産科症状を含む不育症とも関連している。現在の産科症状の予防では、低用量アスピリンおよび低分子量ヘパリン、またはそれらの併用が基本になっている。妊婦が生児出生などの妊娠転帰が改善されており、ヒドロキシクロロキンなどにより、妊娠転帰がさらに改善される可能性が報告されている2)。今後、臨床試験によりその効果を検証する必要がある。

 

2)抗リン脂質抗体

抗カルジオリピン(aCL)抗体と抗β2-グリコプロテイン:Iβ2GPI)抗体、ループスアンチコアグラント(LA)が、抗リン脂質抗体症候群(APS)や抗リン脂質関連疾患を診断するために測定される。APSの診断に重要であるが、抗リン脂質抗体の多様性もあり、診断は容易ではない。

ループスアンチコアグラント(LA)は、その多様性のため取り扱いは難しく、測定方法や臨床的意義については国際血栓止血学会のLA検出ガイドライン改訂案4)が参考とされる。

 


3)診断基準

抗リン脂質抗体症候群 診断基準案(札幌基準のシドニー改変-2006)1,3)


 
臨床所見の1項目以上が存在し、かつ検査項目のうち1項目以上が12週の間隔をあけて2回以上証明されるとき抗リン脂質抗体症候群と分類する。

[参考文献1,3)より抜粋]

 

4)治療方法

抗リン脂質抗体症候群(APS)の血栓症や妊娠合併症に対する治療2,3)では、劇症型APSなど特殊な病態を除いて、通常ステロイドや免疫抑制薬は該当しない。再発予防が最も重要であり、抗リン脂質抗体陽性患者は陰性患者より発現しやすいことが知られる。

深部静脈血栓症を発症した場合、抗リン脂質抗体陰性患者では抗凝固療法は通常3~6ヵ月が目安であるが、APSと診断された場合は長期の抗凝固療法が必要と考えられる。

動脈血栓では抗血小板薬による治療や抗血小板薬療法もしくはワルファリンとの併用療法が考えられる。


 

 

 

抗リン脂質抗体症候群における血栓の二次予防(渥美らの案)3)

 


(1)動脈血栓のリスクがあればアスピリンを併用するが、出血リスクが増すことを認識すべきである

(2)ラクナ梗塞の場合はシロスタゾール単剤が第一選択、それ以外の場合はいずれか単剤もしくは2剤の併用

(3)動静脈両者の血栓症の場合、血小板凝集抑制薬のみで再発した場合、トロンビン生成マーカーが高値の場合、など

[参考文献3)より抜粋]

 


5)臨床研究

RCT Okumaら(2010)5)は、抗リン脂質抗体症候群(APS)に合併した脳梗塞20例(原発性APS 13例、SLE関連APS 7例)の脳梗塞二次予防に対するアスピリン(100mg/日)単独群とアスピリン+ワルファリン(目標INR 2.0~3.0)併用群に無作為割付二重盲検試験で有用性を比較した。平均3.9年追跡にてKapran-Meier曲線で脳卒中の発症なく経過した患者の比率を比較した。脳卒中の累積再発率では、アスピリン単独群がワルファリン併用群に比べ有意に高かった。出血性合併症はアスピリン単独群で脳出血1例、ワルファリン併用群で皮下出血1例を認めた。

RCT Cuadradoら(2014)6)は、SLE、習慣性流産で抗リン脂質抗体陽性232例を低用量アスピリン単独群82例と低用量アスピリン+低強度ワルファリン (目標INR1.3~1.7) 併用群84例との無作為割付け、残りは66例を経過観察とした。今回の検討では低用量アスピリンへのワルファリン追加投与で有効性の向上は認められず、出血性合併症を増加したとの結果であった。

OBS Canasら(2010)7)は、APS 53例のうち下腿潰瘍を発症した8例(15%)に対して、ステロイド+免疫抑制剤+アスピリン+ワルファリン+外科療法+局所治療で加療し、転帰を分析した。

RCT WAPSにてFinazzioら(2005)8)は、APSで5年以内の重大な動脈・静脈血栓症既往症例109例にてワルファリン療法群(目標INR3.0~4.5)54例と従来療法[ワルファリン療法(目標INR2.0~3.0)もしくはアスピリン(100mg/日)単独療法]55例との無作為割付けによる臨床試験で検討した。ワルファリン療法群/従来療法群では血管性疾患死・重大な血栓塞栓症・重大な出血事故は6例(11.1%)/5例(9.1%)、死亡は3例(5.6%)/2例(3.6%)、血栓症全体では6例(11.1%)/3例(5.5%)、出血全体では15例(27.8%)/8例(14.6%)、重大な出血事故は2例(3.7%)/3例(5.5%)であった。

RCT Crowtherら(2003)9)は、血栓症既往のAPS患者を目標INR 3.1~4.5群56例、INR 2.0~3.0群58例との無作為割付による二重盲検臨床試験にて血栓症再発予防効果を比較した。追跡期間は、平均2.6~2.7年であり、血栓症再発は目標INR 3.1~4.5群6例(10.7%)、目標INR 2.0~3.0群2例(3.4%)であった。重大な出血事故の年間発生率は、目標INR 3.1~4.5群3.6%、目標INR 2.0~3.0群2.2%であった。

OBS Ruiz-Irastorzaら(2002)10)は、APSで血栓症既往の過去12ヵ月で経口抗凝固薬療法(目標INR3.5(3.0~4.0))施行患者をレトロスペクティブ調査にて検討した。原発性APS 32例、全身性エリテマトーデスに続発するAPS 32例、その他2例の66例であった。INR3.0~4.0内の検査値は391回(37%)であった。重大な出血事故の発生率は100患者・年当り6件であった。血栓症再発では100患者・年当り9.1件であった。血栓症再発時のINRは不明1例を除いて2.1~2.6であった。回帰分析では出血事故の予測因子はなかったが、血栓症再発は抗凝固薬療法施行期間の長期で高かった。

RCT Pengoら(2018)37)は、ループスアンチコアグラント、抗カルジオリピン抗体と抗β2-グリコプロテインI抗体のすべてに陽性を示した高リスクの抗リン脂質抗体症候群(APS)患者に対して、リバーロキサバン群(R群)59例とワルファリン(目標INR 2.5)群(W群)59例との無作為割付による臨床試験にて血栓塞栓イベント、重大な出血および血管死について比較した。平均追跡期間は、569日であった。平均フォローアップ期間は569日であった。全事象は、R群11例(19%)、W群2例(3%)であった。血栓塞栓イベントは、R群7例(12%)(虚血性脳卒中4例、心筋梗塞3例)、W群0例であった。出血事象は、R群4例(7%)、W群2例(3%)であった。死亡例はなかった。

 

6)症例報告

抗リン脂質抗体症候群(APS)の様々な病態における血栓塞栓症に対して、ワルファリンを投与した事例が報告されている。

(国内)

Case 初期にBudd-Chiari症候群を呈した原発性APS11)

Case 造血薬治療中に血栓塞栓症を発現した抗リン脂質抗体関連血小板減少症12)

Case アスピリン・ヘパリン療法中に脳梗塞を合併した抗リン脂質抗体陽性の妊婦13)

Case APSに起因する血栓性細血管障害性溶血性貧血、肺高血圧症14)

Case APS、SLEを合併した僧帽弁膜症に弁置換術施行した症例15)

Case APSの合併が疑われたSLEの男児16)

Case 梗塞を契機にAPSと診断された女児17)

Case 肺血栓塞栓症を繰り返したAPS(習慣性流産の既往あり)18)

Case 早期診断により多臓器不全から救命された劇症型APS19)

Case 自己免疫性溶血性貧血を合併したAPSで血栓塞栓症を発現した症例20)

Case APSで奇異性脳塞栓症発現した症例21)

Case APSによる末梢神経障害と微小多発脳梗塞を発現した混合性結合組織病22)

Case SLE、APSによる網膜症の症例23)

Case 重症熱傷を契機に、DICを発現し、APSと診断された症例24)

Case APSに伴う肺高血圧症(肺塞栓症、習慣性流産)の症例25)

Case ループスアンチコアグラント陽性で難治性下腿潰瘍を生じたAPSの症例26)

Case APSが原因で下腿潰瘍を発現した症例27)

Case 慢性肺血栓塞栓症術後の劇症型APS、ヘパリン起因性血小板減少症の合併28)


(海外)

Case APSを伴うバロー同心性硬化症の症例29)

Case SLEステロイド治療後に多病巣性骨壊死を発現したAPSの症例30)

Case 線維筋痛症、ワルファリン耐性を示したSLEとAPSの症例31)

Case 抗凝固療法中に深部静脈血栓症が反復したAPS 32)

Case 抗凝固療法中に筋肉内出血を発現したSLE、APS合併の症例33)

[抗リン脂質抗体、抗リン脂質抗体症候群(APS)の一種]


(日本)

Case 抗ホスファチジルセリン-プロトロンビン複合体抗体を伴うリベド血管炎の症例34)

Case 抗リン脂質抗体が関与する皮膚型結節性多発動脈炎の症例35,36)

 

 

【参考文献】    [文献請求番号]

1)Miyakis,S. et al.: J.Thromb.Haemost.,     4,     295(2006)    ZZZ-0913

2)Schreiber,K. et al.: Nat.Rev.Disease Prim.,    4,    arn.17103(2018)    WF-4578

3)渥美 達也ら: 日本内科学会雑誌,     104,    513(2014)    WF-4573

4)Finazzi,G. et al.: J.Thromb.Haemost.,     7,     1737(2009)    ZZZ-0912

5)Okuma,Hirohisa et al.: Int.J.Med.Sci.,    7,    15(2010)    WF-3471

6)Cuadrado,M.J. et al.: Rheumatology,    53,    275(2014)    WF-4067

7)Canas,C.A. et al.: Rheumatol.Int.,     30,    1253(2010)    WF-3272

8)Finazzi,G. et al.: J.Thromb.Haemost.,     3,     848(2005)    WF-2400

9)Crowther,M.A. et al.: N.Engl.J.Med.,     349,     1133(2003)    WF-1622

10)Ruiz-Irastorza,G. et al.: Arch.Intern.Med.,    162,    1164(2002)    WF-2008

11)小松 昌道ら:日本集中治療医学会雑誌,    23,    337(2016)    WF-4512

12)神田 真聡ら: 日本内科学会雑誌,     102,    1461(2013)    WF-3924

13)中西 一歩ら: 日本産科婦人科学会 関東連合地方部会会報,    48,     69(2011)    WF-3560

14)Ishigaki,K. et al.: Intern.Med.,    49,    1217(2010)    WF-3495

15)近藤 弘史ら: 胸部外科,    63,    1173(2010)    WF-3463

16)黒沢 洋一ら: 自衛隊札幌病院研究年報,     40,     7(1999)    WF-3425

17)松尾 康史ら: 日本小児科学会雑誌,     99,    2170(1995)    WF-3424

18)小山 和行ら: 心臓,     42,    980(2010)    WF-3321

19)井上 大地ら: 日本臨床免疫学会会誌,     33,     24(2010)    WF-3253

20)唐沢 直希ら: 臨床血液,     51,     275(2010)    WF-3228

21)田中 康貴ら: 分子脳血管病,    7,    484(2008)    WF-2953

22)和薬 孝昌ら: 皮膚科の臨床,     50,    333(2008)    WF-2804

23)大島 由莉ら: 臨床眼科,     62,    399(2008)    WF-2803

24)中川 朋子ら: 中国労災病院医誌,    16,    27(2007)    WF-2729

25)上山 力ら: Ther.Res.,    28,    1982(2007)    WF-2694

26)袖本 衣代ら: 皮膚科の臨床,    49,    1039(2007)    WF-2661

27)根本 仁ら: 皮膚病診療,     29,     1071(2007)    WF-2645

28)山下 満ら: Ther.Res.,     28,     1053(2007)    WF-2585

29)Tso,A.-C. et al.: Neurologist,     19,    46(2015)    WF-4300

30)Fajardo-Hermosillo,L.D. et al.: BMJ Case Reports, doi:10.1136・cr-2013-008980(2013) WF-4029

31)Schwartz,S. et al.: J.Clin.Rheumatol.,     2,     279(1996)    WF-2963

32)Hsiao,G.R. et al.: J.Clin.Rheumatol.,    7,     336(2001)    WF-2569

33)Kucinsky,R. et al.: J.Clin.Rheumatol.,     8,     346(2002)    WF-2570

34)Noda,S. et al.: Arch.Dermatol.,    147,    621(2011)    WF-3610

35)Kawakami,T. et al.: J.Am.Acad.Dermatol.,     63,    602(2010)    WF-3340

36)川上 民裕ら: 神奈川医学会雑誌,    37,    159(2010)    WF-3450

37)Pengo, V. et al.: Blood,    doi 10.1182/blood-2018-04-848333848333(2018)    WF-4577

【図表あり】
 
【更新年月】
2021年1月