泌尿器科関連の手術には腎臓、膀胱、前立腺などの部位があり、骨盤内の手術は内在性ウロキナーゼによる出血促進の可能性から出血リスクが高く、大手術の対応となる1)。一方、レーザー治療などの比較的出血リスクが低い手技において、抗凝固療法継続下で実施した臨床研究、集積報告などいくつかあるが、十分なエビデンスとは言えない。
1.ガイドライン
GL 米国胸部専門医学会(ACCP)ガイドライン(2012) 「抗血栓療法の周術期の管理」1,2)では、泌尿器系手術(前立腺切除や膀胱切除)は、出血リスクは高いものと分類しており、大手術の対応と考えられる。前立腺や腎の生検については出血リスク増加について考慮するよう示唆している。
2.総説など
Review 一方、前立腺の手術では、従来の開腹手術やメスによる切除術に比べ侵襲の少ないレーザー治療が普及、進歩しており、International Consultation on Urological Disease/ American Urological Association (ICUD/AUA)では表1のように手術・手技の種類、内容により、抗血栓療法の継続、中止について見解を示している3,4)。
国内ではガイドラインや指針はまだなく、抗血栓薬を中止する血栓塞栓リスクと継続による出血リスクについて検討が必要である。
Review 海外の総説では、Descazeaudら(2015)5)が、前立腺手術でレーザー照射療法についての論文報告をまとめ、泌尿器科、循環器科、麻酔科の医師の協力やエビデンスレベルの高い情報が必要であるとの意見を述べた。
Review Hoganら(2016)6)が、腎生検が多くの疾患の診断、管理の標準となっており、適用、方法、合併症などについて最適な実践を最近の知見に基づきまとめている。最も一般的な合併症として出血が挙げられ、ヘモグロビンの観察、血圧監視、輸血対応などについて言及している。抗血栓療法を必要とする患者で、生検でワルファリン中止、ヘパリンブリッジング実施とする米国胸部専門医学会(ACCP)ガイドライン(2012)「抗血栓療法の周術期の管理」1,2)を支持した。
3.前立腺関連の手術
前立腺の手術では、従来の開腹手術やメスによる切除術に比べ侵襲の少ないレーザー治療が普及し、抗血栓療法の中断は必ずしも必要でないとの報告もあるが、十分なエビデンスは得られていない。
Case 経尿道的前立腺切除術(TURP: Transurethral resection of Prostate) に関するChakravartiら(1998)7)の集積報告では、へパリンのブリッジングで安全に施行できることが示された。
Case Mueller ら(1998)8)は、レーザー照射療法の5例の集積報告で抗凝固療法継続下での実施可能性を示唆した。
Case Polepalle ら(2001)9)は低侵襲性のレーザー療法の8例の集積報告で投与継続は安全で有効な方法として報告した。
OBS Descazeaudら(2011)10)は、症候性の前立腺肥大症に対する経尿道的前立腺切除術(TURP)後の合併症と抗血栓薬投与との関与について検討した。多変量解析にて、抗血栓薬投与は膀胱血塊、遅発性血尿の独立した有意な予測因子であった。また、手術時のワルファリンの継続投与はなく、術前のINRは全例1.5未満であり、76%がヘパリンブリッジングを行っていた。
(国内報告)
Case 抗血栓薬投与中のブリッジングを要した経尿道的前立腺切除術(TURP)に代わるレーザー手術として、Nasuら (1996)11)の直視下前立腺レーザー・アブレーション8例の集積報告を行った。
OBS 西山ら (2010)12)のホルミウムYAGレーザーによる前立腺肥大腺腫核出術の観察研究があり、継続投与下での安全性を示した。
4.前立腺生検
経直腸的超音波ガイドの前立腺生検ではワルファリンの休薬は不要かもしれないが、十分なエビデンスは得られていない。
海外では、Ihezueら (2005)13)とHalliwell ら(2006)14)が経直腸的超音波ガイド下による前立腺生検に関する観察研究を報告し、継続投与群で出血は増加したが、入院に至らない程度であり、休薬不要との見解を示した。
5.その他の手技
Review 腎生検について、Hoganら(2016)6)がその適応症、技術、合併症の概要をまとめ、ワルファリンなどの抗凝固療法中の患者の腎生検の際に特別に注意点などを考察している。
(国内報告)
OBS 経尿道的膀胱腫瘍切除術(TURBT: Transurethral resection of the bladder tumor)について、中田ら(2015)15)がその施行前からの抗血栓療法の継続症例のレトロスペクティブな観察研究を報告し、抗血栓療法の継続は十分に容認できるとの見解を報告した。
人工弁置換術後の患者での腎移植時の周術期抗凝固療法について、佐々木ら(2005)16)や外間ら(2008)17)がブリッジングや出血管理について報告した。
【出血イベント】
(国内報告)
Case 術後出血として、佐々木ら(2011)18)は、腎移植後の抗凝固療法再開を契機に移植腎周囲及び下垂体腫瘍出血をきたした47才の日本人女性の症例を報告した。
Case 術後血栓塞栓症として、三塚ら (2007)19)は、経尿道的膀胱腫瘍切除術(TURBT)が契機となって深部静脈血栓症を発症し、ワルファリンなどの抗凝固療法の開始により対応した87才の日本人女性の症例を報告した。手技手技による術後の血栓塞栓症リスクを評価し、予防の必要性などを検討べきと考えられた。
【参考文献】 [文献請求番号]
1)Douketis,J.D. et al.: Chest, 141, e326S (2012) WF-3661
2)Douketis,J.D. et al.: Chest, 133, 299S (2008) WF-3002
3)Ellis,G. et al.,BJU International, 116, 687 (2015) WF-4586
4)Culkin,D.J. et al.: J.Urol., 192, 1026 (2014) WF-4590
5)Descazeaud,A. et al.: Curr.Opin.Urol., 26, 35 (2016) WF-4351
6)Hogan,J.J. et al.: Clin.J.Am.Soc.Nephrol., 11, 354 (2016) WF-4350
7)Chakravarti,A. et al.: Br.J.Urol., 81, 520 (1998) WF-1112
8)Mueller,E.J. et al.: Tech.Urol., 4, 156 (1998) WF-1148
9)Polepalle,S. et al.: Tech.Urol., 7, 285 (2001) WF-1374
10)Descazeaud,A. et al.: World J.Urol., 29, 211 (2011) WF-3602
11)Nasu,Y. et al.: Int.J.Urol., 3, S53 (1996) WF-4101
12)西山 康弘ら: 西日本泌尿器科, 72, 559 (2010) WF-3414
13)Ihezue,C.U. et al.: Clin.Radiol., 60, 459 (2005) WF-2478
14)Halliwell,O.T. et al.: Clin.Radiol., 61, 1068 (2006) WF-2526
13)中西 哲也ら: 西日本泌尿器科, 77, 289 (2015) WF-4592
16)佐々木 秀郎ら: 腎移植・血管外科, 17, 31 (2005) WF-2219
17)外間 実裕ら: 第41回日本臨床腎移植学会抄録集, 125 (2008) WF-2906
18)佐々木 元ら: 腎移植・血管外科, 23, 39 (2011) WF-3674
19)三塚 浩二 ら: 臨床泌尿器科, 61, 1007 (2007) WF-2720